プロフィール

プロフィール

竹田英司を知っていただくために、私の自己紹介を書いておきます。

石材業者の長男として産まれ、東京勤務を経験後、家業を継ぐ

矢印

私は1967年、母の実家のある香川県高松市で産まれ、その後坂出市で育ちました。当時、父はまだサラリーマンで、祖父が愛媛県の大島にて大島石原石採掘業を営んでおりました。

 

坂出附属学園(幼〜中)、県立丸亀高校を経て、関西学院大学法学部に進学。西宮で独り暮らしをすることになりました。
大学卒業後は株式会社リクルートに入社。東京本社の企業審査室に配属され、その後は旅行部門、不動産部門を経験しました。この時に宅建主任者資格も取得しており、これが後に竹田石産(有)不動産部開設に役立ちました。

 

10年の東京勤務のあと坂出に帰郷し、竹田石材興業(有)竹田石産(有)の専務取締役に就任。しかし、その翌年、父が脳出血で倒れ、9カ月後に亡くなったことで急遽、代表取締役に就任しました。
それからは大島石協同組合青年部の会長などを務め、東京お台場で開催されジャパンストーンフェアなどにも出店し、大島石の認知度アップに尽力しました。
しかしそういった経験も虚しく、燃料のコスト高、国内産墓石の需要縮小などから、40年続いた採石業より撤退。墓石販売と宅地建物取引業に注力することになりました。

 

毎週のように坂出から愛媛・大島に通勤する必要がなくなったため、宅地建物取引業の業務も依頼が拡大し、売買・賃貸ともに軌道に乗せることができました。
2010年には、地元不動産&生活サイトさかいで☆うたづスマイるnetを開設し、宅建業の幅を拡げました。 → 現在は、【公式】竹田石産虚s動産部 売買・賃貸物件情報に変更。
また2012年には、かねてからやってみたかったネットショップえいじせれくとをオープンしましたが、残念ながら仕入れや配送作業などのマンパワーが足りず事業を撤退しました。
2019年には、公認不動産コンサルティングマスター資格を、また2023年には1級ファイナンシャル・プランニング技能士を取得し、不動産相続・投資などのご相談にも応じています。

 

 

趣味は一貫して合唱。今は男声合唱団に所属しています。

矢印

小学校時代に児童合唱に触れ、歌うことに興味を持ちました。それまでピアノを習っていたこともあり、音程やリズムで特に苦労した記憶はなかったですね。
中学校には合唱部がなかったため、ブラスバンド部に卒業までの1年間だけ所属。高校になって再び音楽部(混声合唱)に入り、2年時に学生指揮者を経験。
大学に入った時は、まよわず関西学院グリークラブへ入団し、4年時にはバリトンパートリーダーを務めました。

 

会社に就職後は、職場でリクルート混声合唱団を創団し、自ら指揮者となりました。
退職する10年目に多田武彦先生に「わがふるき日のうた」混声版を委嘱し、その曲で全日本合唱コンクール東京都大会で金賞を受賞した。残念ながら全国大会では銅賞でしたが、札幌のKitaraホールでみんなで歌えたことに大満足です。

 

家業に転職後はかなり忙しく、合唱から遠ざかっていましたが、採石業からの撤退を機に再び歌いたいと思っていました。そうしたら高校の同級生である栃木(旧姓川崎)篤子さんより、自分が指導する丸亀の男声合唱団コールメルの定期演奏会で歌わないかと誘いがあり、8年ぶりにステージで歌うことになりました。また同時期に高校・大学の先輩らが多く所属するグリークラブ香川にも勧誘を受け、コールメル定演後に入団を表明しました。
現在はグリークラブ香川にて、バリトン・ベースパートリーダーと副指揮者を兼任しています。

 

合唱はもうライフワーク。一生歌い続けたいですね。

 

 

故郷の坂出にボランティア活動で恩返し

親戚や友人、そしてお墓のお客様が多く、自分が一番長い時間を過ごした坂出には、今まで無事に生活されてもらえた御恩を感じています。
自分ができることは限られてますが、せめて坂出が再び賑わいを取り戻せるようイベント出店やボランティア活動に関わっていきたいと思っています。
今は、坂出商店街第4土曜デースタッフなどで市民の皆さまと交流させていただいています。